最終更新日:2007年1月28日
『ツキノワグマ』

 『ツキノワグマ』
  宮崎学著
  偕成社刊 2006.10初版
  価格:¥1,400+税 A5判 / 161p
  ISBN:9784037451202

気になる本
2006.11.11 / No.360
■新世代のクマは、騒音も光も人も恐れない

 今年は一昨年も増してクマの出没が多い。今年度捕獲されたツキノワグマやヒグマは、過去30年で最も多く、10月末までに約4300頭を超えたという。人の被害も約130名、死者5名にのぼる。昨年はブナなどが豊作でクマが増え、今年はブナの不作にあたり、そのためにクマがえさを求めて人里まで降りてきている、というのが大方の見方のようである。捕獲されたクマの多くは射殺され、熊野個体数の減少が危惧されている。秋田県、岩手県などではクマの狩猟自粛を猟友会などに要請している。こうした中、環境省は11月10日、専門家による会合を開き『クマ出没対応マニュアル(暫定版)』を公表した。
 ・環境省, 2006-11-10

 山菜採りやキノコ採りで山に入るときには、熊除けにラジオや鈴を鳴らすといいという。環境省のマニュアル(暫定版)でも推奨されている。そうした見方に、長野県の伊那谷を中心に30年以上野生動物を追ってきた写真家の宮崎学さんは、「騒音も人も恐れない新生代のツキノワグマが、毎年誕生しながら、現代の自然界に着実に定着し、その数をふやしている」と、著書『ツキノワグマ』で、クマとの接し方に警鐘を鳴らしている。

 宮崎さんによれば、クマにだって個性があるという。ハチミツよりマムシグサの球根が好きなクマ、毎晩のようにコイを1尾抱えて捕っていくクマ、ジュースに目のないクマ、とその嗜好にも差がある。伊那谷のクマは、トラックの騒音も気にせず中央高速道路のすぐそばにあるクルミやクリの木に登って食事をしている。その食事跡のクマ棚がいくつも残っている。音も光も気にしない新世代のクマが着実に増えていると、宮崎さんはみている。そしてクマはとても利口で、車の音、声音、使っているシャンプーの香りまで学習し記憶しているという。クマだって、意地悪されたり、車にぶつけられたら怒るのは当然なのだ。興味深いエピソードが、いくつも語られている。

 クマと人の生活領域が交差しているにもかかわらず、人の側がそれを意識していないことに問題があるという。キャンプの残飯、養魚場、放置されたカキの木、こうしたクマにとって格好のエサ場が“放置”されたままになっている。その一方で、かつての全面的な伐採と植林がクマやシカ、カモシカの個体数を増やしていると、従来の見方とは逆の見方を示している。奥山に手を入れたことが、かえってエサを増やすことになっているというのである。この10年、よく行く奥山でも、イノシシやシカの足跡や食事の跡を見ることが多くなった。以前は見ることなかったクマの糞も見ることがある。こうした宮崎さんの見方には納得できる点が多い。

 クマにも性格に差があり、執念深い個体もいる。捕獲され、クマ除けの唐辛子スプレーをかけられ「お仕置き放獣」された個体がどれも、人を怖がることにはならないと断言する。クマの側に立てば、そうした「お仕置き」に納得ができないクマだっているいるはずで、そうしたクマが、絶対に人を襲わないとは断言できないはずだという。「お仕置き」された個体が、再び人里に現れた例や、放獣されたとたん人に向かってくることもある(この10月27日、福井県大野市で捕獲されたクマの放獣作業中にもけが人がでている)。長野県ではマークをつけられることなく「お仕置き放獣」されることもある。2002年に始まった「お仕置き放獣」と人身被害には相関関係があるともいう。しかし、単純に捕殺すればいい、とはいわない。人の側でもクマを意識することで無駄な遭遇を避けることができる、という。どのように自然と折り合いをつけるのか、そこが問われているのだろう。

 『ツキノワグマ』は写真も約100点、ルビも振ってあり小学生でも十分読むことができる。宮崎さんの著書には、1本だけ丘の上に立つ柿の木の四季を、同じアングルから撮った『柿の木』もある。こちらもお勧めしたい1冊。