最終更新日:2007年4月25日
『つくる、たべる、昔野菜』

 『つくる、たべる、昔野菜』
  岩崎 政利・関戸 勇著
  (取材・編集協力 さとうち 藍)
  新潮社刊 2007.3初版
  価格:¥1,400+税 A5判 / 127p
  ISBN:9784106021541

気になる本
2007.4.25 / No.446
■作って、食べて、タネ採りまで

 いまや野菜の品種の主導権は、種苗会社に握られたといっていいだろう。市場に出回っている野菜の多くは、流通に都合がよい形質が重視され、味の美味しさは二の次、三の次となっている。多くの種苗会社からタネの生産=採種を請け負っている長野県のある種苗会社は、長年の経験から「必ずしもおいしい品種が世の中に出ていくわけではないということです。形やそろい、日持ちが悪いということで、とてもおいしいのに世に出ない品種があります。野菜は、鑑賞するものではなく食べるものなのに、おいしさが後回しにされてしまうとは!」と嘆いてさえいるぐらいだ。このタネ会社によれば品種開発のポイントは、まず「見た目」で、あとに「日持ちのよさ」、「収量」、「秀品率」ときて、その後のやっと「味のよさ」がくるという。言い換えれば、品種開発の優先度はまず流通業者、次いで生産者、最後の消費者というわけだ。消費者は「神様」とおだてられてはいるその裏で無視されているという構造が浮かび上がってくる。さらに多くの品種がF1種となり、全国どこでも同じ品種が作られるようになって、かつてはその土地ごとにあった在来種が“駆逐”されることとなった。

 『つくる、たべる、昔野菜』の著者の岩崎さんは、長年、雲仙のふもとで有機農業を続けてきた生産者。忙しい農作業の合間に、毎年、何十種類と在来種や固定種のタネを自家採種している。この新著では、こうした岩崎さんの自家採種の品種を中心に54種類(巻末の索引では134種類)の野菜を取り上げ、栽培の仕方と食べ方をわかりやすく解説している。この本を手にする読者の多くが、これらの野菜のほとんどの品種名を始めて目にするだろう。ダイコンといっても、「横川つばめダイコン」(鹿児島)、「女山三月ダイコン」(佐賀)、「源助ダイコン」(石川)などと、決してスーパーの棚には並んでいなさそうな名前がついている。しかし一昔前の日本では、形も色も味も個性的なこれらのダイコンが普通に作られていたダイコンだった。「オカノリ」という青菜は平安時代から食べられてきた野菜である。『延喜式』には「冬葵(ふゆあおい)」の名で登場する(本書では「江戸時代から」となっているが)。「松ヶ崎浮名カブ」とか「福立菜」「早池峰菜」といった地方品種も取り上げられている。古くから、普通に作られ食べられてきた野菜たちである。近年になって食卓に上がるようになったモロヘイヤやズッキーニもある。

 野菜一つひとつに、共著者の関戸さんの美味しそうな写真が沿えられている。岩崎さんの作る野菜は、消費者やレストランに直接届けられる。もし不味かったら、この本には登場しなかっただろう。そして、都市住民向けに集合住宅のベランダでの栽培も、関戸さんが写真つきで解説している。

 この本が単なる農業書や趣味の本でないのは、タネ採りについて「ちょっとレベルアップ」と題してページを割いているところだ。この中でタネ採りの魅力を次のように言っている。

 「自分でタネを取っていく良さは、自分の畑に野菜があってくることにある。その土地の土と自然環境で育った親から生まれた子どもは、その土地にふさわしいなにかを身につけていくようだ」
 
 「まず自分が好きな野菜をひとつ選んでみよう。この野菜を毎年食べたい、という野菜にしぼりこむのだ。(略)できた野菜の一部を残して、花を咲かせて、実からタネを採る。野菜の一生につき合うと、その野菜にますます愛着が湧いてくる」

 今、日本のタネの多くが輸入されたタネで占められている。日本の大手種苗会社のサカタのタネは、南米などに採種圃場を設けているくらいである。京野菜の一つである水菜のタネがイタリア産、ということもある。そして、タネの自給率は10%を割ったともいわれている。家庭菜園でタネ採りするということは、見た目にはタネ代をケチった行為ともとられないこともないが、その土地にあった野菜をつくるための第一歩であり、“資源の循環”の始めでもあるといえる。家庭菜園がなくてもタネ採りはできる。この本の中ごろで、関戸さんが写真で示しているように、プランター栽培をすることで可能になる。ひょっとすると、都会の真ん中でのベランダ採種は、交雑の危険の少ないやり方かもしれない。絶滅危惧種に近い在来種のタネを採り続けることは、大げさな言い方だが、簡単に出来る環境保護の一つと言っても言い過ぎではないと思う。

 この本は岩崎さんと関戸さん、さとうち藍さんの3人の手になる3冊目の本でもある。その一つ『種採り物語』(月刊たくさんのふしぎ、2004年8月号、福音館書店)は、昨年10月にイタリア・トリノ市で開催された第2回世界食のコミュニティ会議・テッラマードレ(スローフード協会主催)の「種の未来の会議」に、英訳とともに渡っている。これは、「雲仙こぶたかな」が日本スローフード協会の[味の箱舟」に認定されたことによる(詳しくは日本有機農業研究会『土と健康』2007年4・5月合併号参照)。『種採り物語』は子供向けにまとめられているが、タネ採りの実際が写真でよくわかるようになっている。もう1冊の『岩崎さんちの種子(たね)採り家庭菜園』は、日本で始めて一般向けにまとめられたタネ採り本といえるだろう。日本の風土に合ったタネ採りをイラストで解説している。前半は叙情的な文章とほっとする写真で、岩崎さんのタネとタネ採りについての想いが詰まっている。タネ採りをするつもりがなくても、ちょっと手にしてみてはどうですか。

『岩崎さんちの種子(たね)採り家庭菜園』
  『岩崎さんちの種子(たね)採り家庭菜園』
   岩崎 政利著
   家の光協会刊 2004.2初版
   価格:¥1,600+税 B5判 / 159p
   ISBN : 4-259-56069-7

『種採り物語』
  『種採り物語』(月刊たくさんのふしぎ)
   さとうち 藍文・関戸 勇写真
   福音館書店刊 2004.8
   価格:¥667+税 B5変形 / 39p
   ISBN : 4-259-56069-7
 
 福音館書店の案内文より:
 「長崎県吾妻町で野菜栽培農家を営んでいる岩崎政利さんは、種採りおじさんです。野菜の収穫をするのはもちろんですが、そのとき、野菜の色や形を見比べ、選んだものを植えかえて、花を咲かせ種になるのを待ち、その種から野菜を育てるのです。つまり、岩崎さんの野菜づくりは、野菜の一生とつきあうことなのです。小さな種からこんなにもふしぎな形、色のものが生まれてくる驚き、喜びを伝えます。」