最終更新日:2007年10月16日
『どこかの畑の片すみで』山形在来作物研究会編

 『どこかの畑の片すみで』
  山形在来作物研究会/編
  山形大学出版会刊 2007.8発行
  価格:¥1,429+税 A5判 / 167p
  ISBN:978-4-903966-02-1


『おしゃべりな畑』山形在来作物研究会編

 『おしゃべりな畑』
   どこかの畑の片すみで Part2
  山形在来作物研究会/編
  山形大学出版会刊 2010.1発行
  価格:¥1,429+税 A5判 / 167p
  ISBN:978-4-903966-06-9

気になる本
2007.10.16 / No.495
■在来作物は生きている文化財、
     複眼で見た地域の知的財産

 “山形”という地域に徹した本が出た。あまりローカルすぎて、山形県内でしか販売されていないという本だ。他県ではもちろん、あのアマゾンでも買えない“貴重な本”でもある。(追記:発売当初は山形県内のみ。現在はアマゾンなどでも購入可能。)

 このほど山形在来作物研究会の編集による『どこかの畑の片すみで −在来作物はやまがたの文化財−』が発刊された。これは、同研究会のメンバーが2005年から地元紙の山形新聞に掲載してきた「やまがたの在来作物」をまとめたもの。初めに「在来作物のお話」と題して在来作物の多面性を解説している。新聞に掲載された記事のほか、“根ほり葉ほり探し”た130種近い山形の在来作物リストと分布地図などがまとめられている。

 編者らは在来作物の意義をいくつか挙げている。中でも、長い時間をかけてその地域の気候や環境に適応し選抜されてきた在来種は、地域の食文化を担う重要な要素であり、ひとつの在来作物のタネの中にも膨大な情報が詰まっている。また、「作物でも、野生植物でも、それを食べるその地域の環境を食べることだ」という指摘をあげている。その地域の土と水と空気の賜物である野菜や山菜を食べるということが、地域の文化に目を向け、地域を守ることだ。そして在来作物を軸にして、地域のもつ潜在的な力=地域潜在力を高めることが可能ではないかと指摘する。単なる食べ物としてではなく、生物多様性や環境や地域の食文化といった複眼的な視点から在来作物を捉えようとしている。

 取り上げられている在来作物は約50種。普通“在来種”というと、そのほとんどが野菜であったり雑穀であるが、この本では野菜や米は当然として、ラ・フランスや柿などの果樹、ウルイやバッケ(フキノトウ)などの山菜、さらには“あやめ”まで取り上げている。それらの多くを山形大学農学部の研究者が書いているが、地元山形の料理人らも、ひとつの記事を料理とともに書いているのが目を引く。

 過去に記録されているものの、すでに失われた品種も多い。山形県だけでも、30年前の75品目のうち約半分の32品目が失われたという。一度失われた品種は、もう再生、再現することができない。多くの在来作物がその存続の危機にある。今、こうした危機的な状況をかろうじて守ってきているのは、この本に登場する地元の人であり、その多くが老人である。地域で守ってこその在来作物であるならば、“いい人たちに守られている”と安心してしまうのではなく、編者らのいう「地域潜在力」の具体的展開のひとつとして在来作物に関する地域の世代間ギャップを埋めることの必要性を示しているといえるだろう。

 農業の分野でも「知的財産権」が脚光を浴びる時代となっている。農水省は2007年3月、種苗法改正により登録種苗の違法増殖などの権利侵害に対する罰則を懲役10年、罰金1千万円(法人3億円)と大幅に引き上げた。新品種の開発に対する「アメ」として「育成権」を保護するという。在来種については品種登録ができないことになっている。その一方で世界的には、特定の遺伝子について特許が認められる方向に動いている。すでに一時的ではあるが、米国企業に対してインドのバスマティ(Basmati)という在来種のコメに特許権が認められるという事態が起きてる。日本では自家採種がすたれる一方、F1種が主流となっている。種苗会社を間に挟み、タネと農民の間の溝が広くなってきている。21世紀はこの溝が越えられない時代になるかもしれない。モノカルチャーと生物多様性の崩壊を見るとき、「地域の知的財産」である在来作物を地域で守りつないでいくという作業が、ローカルなことでありながら、とてもグローバルなことでもある時代が来ている。

 この本のカバーデザインがとてもすっきりしている。白地をバックに焼畑で作られた一株の温海カブが座っているだけである。ちょっと虫喰いのある葉と赤いカブと長い根だけしかない。長い歴史と地域の文化を詰め込んだこのカブが、何かを語りかけているような雰囲気でほっとする。

『どこかの畑の片すみで』チラシ
  ・チラシ(PDF)

 山形在来作物研究会(略称:在作研)は、山形県内の在来作物の保全と積極的な利用を進めていく活動を起こしていくべきだという気運の高まりの中、2003年11月山形大学農学部の教員有志を発起人に地域に開かれた研究会として発足している。詳しくは在作研のサイトまで。
 ・山形在来作物研究会