最終更新日:2011年10月26日
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2011年10月の農と食

2011.10.26 No.528
■食品の放射能許容値を試算してみる

  暫定基準値はどう決められたか

 3月11日の東電福島原発の事故の結果、厚労省は3月17日になって、食品の放射能汚染について、「放射能汚染された食品の取り扱いについて」という食品安全部長名の文書で、放射性ヨウ素、放射性セシウム、ウラン、プルトニウムなどのアルファ核種の4群について「暫定基準値」を公表した。しかし、この文書では「暫定基準値」がどのように決められたかは明らかではなかった。

 暫定規制値は急きょ策定されたわけではなく、1999年に原子力安全委員会の専門部会がまとめた「飲食物摂取制限に関する指標について」(原子力発電所等周辺防災対策専門部会環境ワーキンググループ、1999年)に詳細が記載されている。一応、原発事故に備えた準備はされていたことになる。「防災指針における飲食物摂取制限指標の改定について」(須賀新一他、1999年)によれば、次のような計算式によって各核種グループの規制値を算出している。放出は1回のみで、連続する放出は想定されていない。

 
  DILjk 飲食物カテゴリーkに対する年齢グループの誘導介入濃度(Bq/kgまたはBq/1)
  ILD  介入線量レベル。Cs,Sr、ウランに対して各々年5ミリシーベルト
  G   食品群数。Cs,Sr、ウランに対して各々5
  F   (年平均濃度)/(ピーク濃度) 希釈係数
  Wjk  年齢グループj による飲食物カテゴリーk の1日当り摂取量(kg/dまたは1/d)
  Sij  放射性核種を1Bq経口摂取した場合の年齢グルーブの預託線量(mSv/Bq)
  fi  代表核種に対する核種の放射能の混合割合
  λi  核種の壊変定数
  T   飲食物の摂取期間(365dと仮定)

 このワーキンググループの算定では、放射性ストロンチウム(Sr89,Sr90)と放射性セシウム(Cs134,Cs137)を同一グループとして合算している。

 先の計算式で年齢グループ(成人・幼児・乳児)ごとに各食品群別に許容レベルを計算すると表1のようになる。

表1 放射性セシウムグループの許容レベル [Bq/Kg, Bq/L]
食品群 成人 幼児
(5歳)
乳児 最小値 暫定
規制値
飲料水 201 421 228 201 200
牛乳・乳製品 1661 843 270 270 200
野菜 554 1686 1540 554 500
穀類 1107 3831 2940 1107 500
肉・卵・魚・その他 664 4014 3234 664 500
   ILD=5[mSv/年], G=5, F=0.5, T=365
パラメータの詳細は「防災指針における飲食物摂取制限指標の改定について」を参照。

 この計算結果より暫定規制値は、各食品グループごとに、その中の最小値を切り下げて決めている。穀類では、主食であることを意識したのか、約半分までに下げている。


  隠されていた“希釈係数”

 ここで(年平均濃度)/(ピーク濃度)をF(“希釈係数”)は、食品すべてが汚染されているわけではなく、汚染されていない食品が他地域から流通して来ると考えられ、実際に摂取するかもしれない放射性核種の量は減少する(希釈効果)という前提に立っている。このための係数が“希釈係数”で、Cs137のような半減期の長い核種に適用する、とされている。放射性ヨウ素には適用しない(F=1)。この希釈係数は、日本は0.5と設定しているが、EUでは0.1、米国は0.3に設定されている。

 暫定基準値が公表されて以来、表立って“希釈係数”が議論されたことはないようである。暫定基準値以内の食品を食べて続けても“安全”である、とのキャンペーンがはられていた。どこからも“希釈係数”の話しは聞こえてこなかった。「少なくとも半分は、汚染されていないものを食べてください」と言うべきであった。このことだけも、政府が安全サイドに立っていたとは言えない。


 暫定基準地の算定にあたっては、希釈係数を0.5としているが、仮に暫定基準地の食品を1年間食べ続けた場合の線量を、放射性セシウムについてのみ試算すると表2のようになる。暫定基準値以下の“安全”な食品を食べ続けた場合、成人では目標である5ミリシーベルトを超えている。

表2 暫定基準値の食品を1年間食べ続けた場合 [mSv/年]
食品群 成人 幼児
(5歳)
乳児
飲料水 1.82 0.76 1.11
牛乳・乳製品 0.22 0.38 0.94
野菜 1.65 0.47 0.41
穀類 0.83 0.57 1.18
肉・卵・魚・その他 1.38 0.20 0.20
合 計 5.89 2.38 3.84

  あえて新たな「暫定基準値」を試算してみる

 食品安全委員会は7月26日、厚労省より諮問された食品の放射能汚染に ついて「食品中に含まれる放射性物質」という評価案を公表し意見募集を 実施した。この意見募集には数千件の意見が寄せられたということだが、 その結果は10月26日現在、まだ公表されていない。当然、厚労省への正式 な答申もなされていない。正式な答申の後、厚労省が具体的な数値を決め ることになる。10月31日開催の薬事・食品衛生審議会では、議題に「食品 中の放射性物質に係る食品健康影響評価結果と今後の検討課題について」 があげられていて、本格的な見直し論議が始まることになる。

 ・食品安全委員会, 2011-7-26

 この食品安全委員会の評価案では具体的な規制基準は示されず、外部被ばくも含めた「生涯100ミリシーベル」という“基準”が提示された。この“基準”による食品の許容値を、新たな放出はないものとして、あえて試算してみる。

 平均年齢を80歳とすると、単純計算では平均して年1.25ミリシーベルトとなる。内部被ばくと外部被ばくの割合をどうするかという問題があるが、ここでは1:1と仮定する。

 また、内部被ばくについては、呼吸によるものと食品によるものの割合も問題となるが、呼吸による内部被ばくは少ないものと仮定し、すべて食品によるものとする。


 以下、次のような条件で試算する

  • 追加の放射線は年1.25ミリシーベルト
  • 外部被ばくと内部被ばくの割合は1:1
  • 呼吸による内部被ばくないものとする
  • 食品による被ばくは、すべて放射性セシウムによる食品から受ける放射線被ばくは、年間0.625ミリシーベルト
  • 食品分類は暫定基準値と同じく5群とし、穀類は年齢群別の最小値のおおよそ半分とする
  • 希釈係数は1と0.5とする

 こうした条件で、かつ前出の暫定基準値を算出した計算式を使い、放射性セシウムについてのみ試算した結果を表3に示す。希釈係数=1とし、暫定基準値のような切り下げを行った場合の新たな基準値は、一般に使われているベクレルメーターの検出限界とほぼ同じようなレベルになる。希釈係数=0.5とした場合でも、検出限界に近いレベルになる。しかしどちらも、ドイツ放射線防護協会が推奨した青少年以下4ベクレル、成人8ベクレルには、4倍から9倍もある。


表3-1「生涯100ミリシーベルト」による試算:Cs134+Cs137
[Bq/Kg,Bq/L]
希釈係数=1 成人 幼児
(5歳)
乳児 最小値 仮試算値
飲料水 14 33 22 14 10
牛乳・乳製品 113 66 27 27 20
野菜 38 132 152 38 30
穀類 76 300 290 76 30
肉・卵・魚・その他 45 314 319 45 30

表3-2「生涯100ミリシーベルト」による試算:Cs134+Cs137
[Bq/Kg,Bq/L]
希釈係数=0.5 成人 幼児
(5歳)
乳児 最小値 仮試算値
飲料水 28 66 45 28 20
牛乳・乳製品 227 132 53 53 50
野菜 76 264 304 76 70
穀類 151 600 508 151 70
肉・卵・魚・その他 91 628 638 91 70

 厚労省は、このような現行暫定基準値のおおよそ10分1になるような、新たな“基準”を作らざるを得なくなることははっきりしているだろう。希釈係数を小さく取って、許容値を大きく見せるかもしれない。食糧自給率のカロリーベースを使えば0.39、重量ベースなら0.27まで下げられる。あるいは年齢別に幅を持たせるのか。しかし、簡単にはできそうもない。

 ゲタを預けられた厚労省が、どのような方針を出してくるのかは分からないが、省庁間で被ばく線量の“奪い合い”をしているような状況で、食品安全委員会の答申しようとしている「外部被ばくを含めた生涯100ミリシーベルト」自体が成り立つのか、という壁もある。

 文科省の実施した航空機モニタリングによる空間線量マップを分析した朝日新聞の集計によれば、年間1ミリシーベルトを超す汚染は、8都県で約1万3千平方キロに及ぶという。除染が進むとしても、こうした地域の人たちには、許容値の“のりしろ”は余りにも少ない。

 すでに文科省は、学校での被ばくを1ミリシーベルト以下に抑えることを明らかにしているが、広範囲に汚染されて、ホットスポットが各地で見つかっていることを考えると、これ自体も難しい“公約”である。その上に新たな食品の基準値が策定された場合、文科省の学校1ミリシーベルトとの整合性を取るには、文科省の“基準”を下げることが必要になるが、簡単にできるとも思えない。

 どのようなところで落ち着くとしても、その基準が絶対のもでもないことは確かなことである。作る側と食べる側が、相互に納得できるところはどこなのか。どう折り合いをつけることができるのか。さらに議論が必要だろう。