

水問題に取り組んでいるアクアスフィア代表の橋本淳司氏は、『日本の地下水が危ない』(2013年1月、幻冬舎新書)で、日本の「減反政策は減水政策」と喝破した。橋本氏によれば、1ヘクタールの水田は、平均的に1日当たり200トンの水が地下にしみこみ地下水となるという。水田に水を張っている期間を年100日とみて、年間2万トンの地下水を涵養することになるとしている。
橋本氏はまた、減反政策によって、1969年から2011年へかけて水田面積は約160万ヘクタール減少し、その結果年間320億トンの水資源を失ったと試算している。ペットボトルの水の価格(1リットル=100円)で換算して、3200兆円に匹敵するとしている。(同書、152ページ)
・橋本淳司, 2013年1月●TPP参加で“失う水”
減反政策の進行したとはいえ、日本の水田面積は約233万ヘクタールであり、ほぼ青森県と岩手県の2県分の面積に匹敵する。しかし、大豆などの畑作物へ転作している面積が70万ヘクタール(ほぼ高知県に相当)あり、実質的な水稲栽培面積は約163万ヘクタール(ほぼ宮城県と山形県に相当)である(農水省「米をめぐる関係資料」)。そのうち、主食用は153万ヘクタールであり、約8百万トンのコメを生産している。
一方、3月15日に公表された政府のTPP参加による影響の試算によれば、米は32%の生産減少とともに270万トンの輸入と見積もられている。これは、約50万ヘクタールの田んぼで水稲の栽培をやめることを意味する。
橋本氏の計算に従えば、1ヘクタールで2万トンということは、50万ヘクタールの地下水涵養水量は100億トンに達する。この100億トンの水が地下に吸い込まれることなく、川に流れこむことになる。この水量は、日本最大の貯水量約5億トンの奥只見ダムの20個分、あるいは首都圏最大の小河内ダムの54個分に相当する。それほどに田んぼの貯水力は大きい。こうした水田の持つ貯水力を利用し、大雨の際に一時的に水を貯め、時間をかけてゆっくり排水し、流域の農地や市街地の洪水被害を軽減しようという「田んぼダム」の取り組みも始まっている。
この失われる地下水涵養水量は、日本で1年間に利用される地下水にほぼ匹敵する量でもある(国交省「日本の水資源」)。言い換えれば、100億トンの地下水供給が減るということは、1年分の地下水を余分にくみ上げることにも等しい。こうした減少による環境影響は、どのようなものになるのか。はたして全く影響がないのか。それとも、高度経済成長期に頻発した、過剰な地下水のくみ上げによる地盤沈下のような状況をもたらすのか。
橋本氏は、失われた地下水涵養水量をペットボトルの価格で換算し、損失を3200兆円とした。同じように換算すれば1千兆円になるが、ここでは仮に工業用水の価格(1トン約30円)で換算してみると、環境影響によるマイナス分を除いても、この100億トンの地下水の価格は3千億円に相当することになる。
この2,3年、外国資本による水源地の買収が話題になった。大慌てで「水源地を守れ」と、いろいろな施策が講じられている。その一方で、TPP参加は、みすみす100億トンの水を失おうとしているともいえる。
●TPP参加で“輸入する水”
さらに、米を輸入することは、水を輸入することでもある。米の生産に伴う仮想水(バーチャル・ウォーター。1キロのコメを生産するのに必要な水の量)は、沖大幹氏によれば3.7トンと見積もられている。新たに輸入するとされる270万トンの米の生産には、約100億トンの水が必要になる。奇しくもTPPで減産を予想される田んぼの地下水涵養水量と同じである。この大量の仮想水も、米という形で輸入することになる。しかもこの仮想水は、新たに輸入する仮想水の一部にすぎない。
世界的な水の争奪戦が始まっている中で、TPP参加のもたらす負の影響の大きさは、こうしたところにも表れている。TPP参加は水をめぐる問題でもある。
・農水省, 2013年3月 ・内閣官房, 2013年3月15日 ・国交省, 2012年8月 ・環境省
●水資源量と使用量 [単位:億トン]
降水量 6400
蒸発散 2300
水資源量 4100
| (理論上活用可能な最大量)
└─年間使用量 815
├─河川水 721
└─地下水 94
用途別内訳 計 河川水 地下水
農業用水 544 515 29
工業用水 116 84 33
生活用水 154 122 33