最終更新日:2017年9月23日
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2017.09.23 No.847
■今に続くビキニの核実験 そして日本の今
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ブラボーの爆発

 広島・長崎への原爆投下から72年。これまでに2千回を越える核実験が行なわれたという。ネバタ、マーシャル諸島、ノヴァヤゼムリャ、セミパラチンスク、ロプノール、マラリンガ、エミュー平原、サハラ、フランス領ポリネシア、豊渓里。核実験場は地球の各所に点在している。

 その一つ、太平洋に点在するマーシャル諸島は冷戦期に米国の実験場となり、67回の核実験が行われた。1954年3月、マーシャル諸島北西部にあるビキニ環礁で米国の水爆実験を行われた。この水爆実験は「第五福竜丸事件」としても知られているが、広島の1千倍に相当する15メガトンの「ブラボー」の死の灰は、ロンゲラップ島の人々に降りかかった。公式には「偶然に風向きが変化」したということにされてているが、その結果、風下になったロンゲラップ島の人々の健康を害し、多くの人ががんなどで亡くなっている。

 『ニュークリア・サベージ 死の灰をあびせられて』は、若いころにロンゲラップの人びとの救援活動に従事したホロヴィッツ監督の回想と、ロンゲラップの人びとの証言、被害を伝えるニュース映像、植民地化されたマーシャル諸島の歴史を軸に、戦うことをやめないマーシャル諸島の人びとを描いている。

 『ニュークリア・サベージ 死の灰をあびせられて
 〜マーシャル諸島極秘人体実験〜』
 2011 年/米国/ 87 分
 監督:アダム・ジョナス・ホロヴィッツ
 配給:原子力資料情報室

 「ブラボー」の実験計画は長い間秘密とされていたが、機密解除で公開された米国政府の公文書や写真、生存者の証言などにより、これまで知られていなかった人体実験計画「プロジェクト4.1」と被害の実態が明らかになってきた。「プロジェクト4.1」は、立案当初はマウスを使った計画であったが、核実験までの間に人体実験への変更がなされたという。

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トニー・デブルムさん

 子どものころブラボーの爆発を目撃したというトニー・デブルムさん(マーシャル諸島共和国外務大臣)は、実態に迫ろうと、長年戦ってきた。そして入手したのが機密解除された文書類だ。しかし肝心な部分は、「削除」という一言が帰された白紙での「公開」だ。それでも、「プロジェクト4.1」が少しづつ明らかになってきたという。

 水爆「ブラボー」の実験直後、テレビのナレーションは「(被ばくしたマーシャル人は)私たちの基準からすれば“野蛮人”だ。だが“幸せな野蛮人”だ」と語る。米国原子力委員会の一人は平然と、「文明人と同じようには暮らしていないが、ネズミよりは我々に似ていることも事実だ」と言い切ってはばからない。僅か半世紀前のことだが、その明らかな人種差別に慄然とする。侮蔑と嘲笑の中で実験は行われ、「偶然の結果」で島民は死の灰をあびせられた。

 ジョン・アンジャインさんは証言する。
 「とんでもない音だった。そして凄まじい突風が吹いてきた。風はものすごく熱かった。炎よりも熱かった。落ちてきたものは白い粉みたいで、肌が焼けただれた。私たちの髪が抜け始め、みんなひどく気分が悪くなった。ひどい風邪を引いたみたいにみんな吐き気を催した」

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調査を受ける少年

 当時のニュース映像には衝撃的なシーンがある。防護服を着ることもなく、短パンでサーベイメーターを持ち計測する係官はその一つ。ナレーションは「最大累積被曝量は175レントゲンにもなった。放射線量は、北に向かうにつれて高くなり、人間の致死量である450レントゲンになった」と語る。ロンゲラップ島が広範囲に、ひどく汚染されていたことが分かる。

 米軍は、ロンゲラップ島が高い放射能の汚染されたにもかかわらず、島民を即座に避難させなかった。48時間以上たった後、ようやく300キロほど離れたクェゼリン島に避難させた。しかし、避難から3年後、島民はロンゲラップ島へ帰還させられる。米国には、ロンゲラップ島の環境調査から、食物と周辺環境が汚染されていることが分かっていたにもかかわらず。何も知らされないまま、帰還させられた島民は、高い放射能に曝され続けた。

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アルミラ・マタヨシさん

 島民の一人、アルミラ・マタヨシさんは証言する。
 「私の最初の子どもは人間の姿をしていなかった。ブドウみたいだった。二番目の子どもはぐにゃぐにゃして、骨も筋肉もなかった。まるで怪物のような、クラゲのような、からだのパーツは全部あるのにぐにゃっとしていた。くらげの赤ん坊だった」と。

 リジョン・エクニランさんは証言する。
 「ロンゲラップ島で人々が死ぬと、水上飛行艇がやってきた。遺体を調べるためにクェゼリンに運んでいったんだ。私の曾祖母が死んだ時も、連中はやってきて、遺体を切り裂いた。そして、彼女のからだや肝臓や皮膚の一部を取り去り、瓶に詰めて持ち去った。連中は、彼女をパンの木の下に置き去りにした。連中は彼女を動物みたいに扱った」と。

 「ブラボー」実験の後も、長い間マーシャル諸島の人々は死の灰が人体へ与える影響を調べる実験動物として扱われてきた。それは、米国により広島で運営されていた原爆傷害調査委員会(ABCC)と重なって映る。

 健康被害に耐えかねた島民は1985年、グリーンピースの支援を受けてロンゲラップ島から230Km離れたメジャト島に脱出する。そして今、米国は除染が完了したとして、ロンゲラップ島への帰還を迫り、帰還しなければ金銭補償を停止すると通告している。

 人体実験計画「プロジェクト4.1」の詳細は、未だに完全に明らかになったとはいえない。今でも米国政府関係者は、口を閉ざし黙ったままだ。マーシャル諸島の人々は、米国による意図的な放射能汚染と人体実験から数十年後の今なお、自らの尊厳と生存をかけて戦い続けている。

 マーシャル諸島に起きたことは、他の核実験場でも起きているであろうし、福島事故へともつながっていることを想起させる。「唯一の被爆国」が、実は虚言であることも透けて見えてくる。福島において年間20ミリシーベルトの被ばくを許容し、「帰還」を優先させる日本政府の対応と重なって見えるほどに古さを感じさせない。

 この作品は、2014年に『ニュークリア・サベージ』の邦題で原子力資料室から公開されていたが、このほど字幕を新たにし、邦題も『ニュークリア・サベージ 死の灰をあびせられて 〜マーシャル諸島極秘人体実験〜』と改題された。10月13日、連合会館(東京・御茶ノ水)で字幕新装版による上映会が開かれる。この上映会には、ロンゲラップ島民の避難にも立ち会った豊ア博光さん(フォトジャーナリスト)のお話もある。

 ・国際有機農業映画祭
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