ネオニコチノイド系、有機リン系の殺虫剤、除草剤パラコートの禁止を含む、子どもや農業労働や、消費者の側に立った包括的な農薬規制強化法案が米国議会に提出された。殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法(FIFRA)改正案は、「米国の子どもたちを有害な農薬から保護する法律(Protect America's Children from Toxic Pesticide Act of 2020)」と名付けられ、安全サイドに立った規制プロセスの強化、農薬を使用する労働者の保護など、バイエルなどの農薬企業が真っ向から反対する内容となっている。この改正案は、EUで進む農薬行政の透明化とも相応している。そして、この改正案が成立すれば、これまでの農薬企業の側に立ってきた米国の農薬行政が、子どもや消費者、農業労働者の側に立ったものに根本的に変わらざるを得ない。こうした動きが、日本の農薬行政にも影響を与えることを期待したい。
法案は民主党のウドール上院議員とネグーズ下院議員が提出したもので、バーニー・サンダース上院議員、エリザベス・ウォーレン上院議員なども支持しているという。提案したウドール上院議員は、この改正案は子供たちや農業従事者、消費者に健康被害を及ぼす有毒農薬の使用を防止するもので、1996年以来25年ぶりの画期的で包括的な農薬改革法案だとしている。
提案したウドール上院議員は、この殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法改正案を「米国の子どもたちを有害な農薬から保護する法律」と名付け、同僚議員の支持に加え、環境関連のNGOや農業労働者団体など24団体が賛成しているとしている。
改正案は、大きく三つからなっている。
一つは、子どもや環境に有害な農薬の禁止で、ネオニコチノイド系と有機リン系の殺虫剤と、除草剤パラコートの農薬登録を取消すとしている。ネオニコチノイド系ではスルホキサフロルとフルピラジフロンも禁止対象となっている。そして、法案成立後6か月以内に、残留基準値も取消すとともに、在庫の販売を禁止するという。
二つ目は、危険農薬の規制強化で、米国環境保護庁(EPA)が、完全な審査を完了する前の緊急使用や条件付き登録などを認めず、規制の抜け穴を封じている。併せて、州法などによる包括的な規制禁止も認めず、自治体独自の農薬規制を認めるとしている。また、EUとカナダが安全でないと判断した農薬の使用について、米国環境保護庁(EPA)による全面的な審査が行われるまで一時停止するという。
三つ目は、農業労働者の保護で、雇用主に対して農薬関連事故の報告義務付けと、農業労働者への報復を禁止している。また、全ての農薬表示についてスペイン語の表示を義務付け、実際に使用する農業労働者が理解できるようにするという。
この改正案に対して、これまで有害農薬の禁止や規制強化を求めて運動を展開してきた環境団体やNGOが支持のコメントを寄せている。
生物多様性センターの環境保護政策専門家であるエミリー・ノッブさんは、「あまりにも長い間、子どもたちや農業労働者、そして数え切れないほどの人々が、他国で禁止されている多くの農薬を含む危険な農薬によって被害を受けてきました。常識的な改革により、人々の健康や環境よりも産業界の利益が優先されことがなくなることを最終的に保証します」、とコメントしている。
「農業労働者の正義(Farmworker Justice)」のアイリス・フィゲロア弁護士は、「農業労働者は、彼らが働く畑や彼らが住む地域で高レベルの農薬に日常的に曝されています。農薬ラベルを確実に表示することは、農薬を使用する労働者が実際に理解できるようにすることであり、暴露リスクを軽減するための基本的かつ不可欠なステップです。この法案は、重大な健康リスクに直面している農業労働者に、長年の懸案であった保護をもたらします」、とコメントしている。
・Tom Udall, 2020-8-4 ・殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法改正案 ・法案解説改正案の抜本的な農薬規制強化に対して、バイエルは反対を明らかにしている。AG WEB(電子版)によれば、バイエルは電子メールで声明を発表し、「ネオニコチノイドを失うことは農家に害を与えるだけで、ハチを救うことはできません。ネオニコチノイドがコロニー減少の原因でないことは科学的に明らかです。ネオニコチノイドは、旧来の製品よりも効果的で、安全性と環境に有益で、現代のIPM(総合的病害虫管理)の重要なツールです」と述べているという。また、3大農薬企業の一つコルテバはコメントを拒否し、シンジェンタは回答していないという。
しかし、バイエルの否定にもかかわらず、ネオニコチノイド系農薬がミツバチのコロニー減少に影響しているということは「科学的明らか」になっている。例えば、英国政府系研究機関の生態水文学研究所などの研究グループによる、英国などの2千ヘクタールの農場を使って行われた大規模屋外調査(2017年)によれば、ネオニコチノイド系農薬に曝されたミツバチは、その越冬数が最大24%減少したという(この大規模調査の資金約4億円は、バイエルとシンジェンタが提供したもの)。ネオニコチノイド系農薬がミツバチなど花粉媒介生物(ポリネーター)に有害であることは、すでに「科学的明らか」なことといってよいだろう。
・AG WEB, 2020-8-5米国ではこのところ、グリホサート損害賠償訴訟での敗北、除草剤ジカンバの登録無効判決など、立て続けに農薬企業に不利な判決が続ている。こうした規制強化の流れが世界的な流れになるかどうかは、欧米の禁止農薬を大量に使用しているブラジルなどで規制が進むかどうかという点と、こうした禁止農薬などの輸出禁止規制にかかっている。バイエル、BASF、シンジェンタなどの農薬企業は、EUなどで禁止された農薬を生産し、規制のない国へ輸出していると非難されている。規制強化は歓迎すべきことだが、同時に自国で禁止の農薬輸出を禁止し、規制の緩い国や地域への抜け道をふさぐことが必要である。
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