

欧州委員会は10月14日、「有害物質のない環境に向けた持続可能な化学物質戦略」を採択した。消費者製品における最も有害な化学物質の使用や禁止や、有機フッ素化合物(PFAS)などの難分解性物質を含む最も有害な化学物質について、その使用が社会にとって不可欠な証明がなされない限り段階的に排除するとしている。
欧州委員会の新たな化学物質戦略では、化学物質の複合作用に対し、異なる供給源からの多種多様な化学物質に日常的に曝されることで、人の健康と環境にもたらされるリスクをよりよく考慮して、化学物質の複合効果(カクテル効果)に対処することと、複合汚染のリスクへの対処を明確にしている。
欧州委員会は今年5月、2030年までの10年間に農薬削減とともに有機農業拡大を明記した意欲的な《自然を市民の生活に取り戻そうとする包括的な》生物多様性戦略と《公正で健康的で環境に優しい食料システムを目指す》農業食料戦略「農場から食卓戦略」を採択した。「農場から食卓戦略」では、2030年までの10年間で化学農薬の使用量の半減を目標に掲げている。今回の化学物質戦略は、5月に採択された2つの戦略を補完するものになる。
この化学物質戦略では、EUで禁止された農薬について、域内での輸出向け生産を2023年を目途に禁止する方針を明確にしている。しかし、当然ではあるが、今年末にEUを離脱する英国にはこの化学物質戦略は適用されないという。
この禁止農薬の域外輸出に関して、国連人権理事会特別報告者のバスクト・トゥンジャクさんは今年7月、先進国で禁止された、ヒトや環境に危険な農薬が、今もって途上国など規制の緩い国へと輸出されている現状は「二重基準」の状態だと指摘した。先進国はしばしば、この二重基準により規制が厳しくない一部の国で禁止物質の取引や使用を可能にし、最も弱い立場にある人々の健康と環境への影響を外部化しているとして、輸出禁止を求めたばかりである。欧州委員会は、トゥンジャクさんの声明に呼応するかのようなタイミングで、EU域外への輸出禁止の期限を切った。この化学物質戦略の策定では、農薬企業などによる厳しい圧力があったという。
この化学物質戦略は、EU域外での生産とそこからの輸出には効力が及ばず、バイエルやシンジェンタ、BASFのような欧州を拠点とする農薬大手は、EU域外へ製造拠点を移転する可能性がある。こうした抜け道をふさぐには、国際的な規制が必要となる。
・European Commission, 2020-10-14 ・European Commission、2020-10-14グリーンピース・英国は10月15日、この欧州委員会の方針を評価する声明を発表した。声明では、今年7月に危険農薬の輸出禁止を求める声明を発表した国連人権理事会特別報告者バスクト・トゥンジャクさんの「欧州委員会が長年の不公正に対処し、人権を脅かす毒物に関する指導力の遺産を維持するための歓迎すべき進展である」の発言を引いている。グリーンピース・英国は、スイスのパブリック・アイと共同で今年9月、英国から大量のEU禁止農薬が、日本を含む規制の緩い国々に輸出されている現状に関する報告書を公開し、禁止農薬の輸出禁止を求めていた。
・Unearthed, 2020-10-15 ・Unearthed, 2020-9-9スイス 危険農薬を輸出禁止へ
スイス政府は10月14日、すでにスイスで禁止されている5種類の禁止農薬(アトラジン、ジアフェンチロン、メチダチオン、パラカン、プロフェノフォス)と、それらを含む農薬の輸出禁止に関する法律改正を承認したと発表した。この改正は、2021年1月1日より施行されるという。政府の発表によると、スイスで生産される農薬を輸入している発展途上国や新興国の人びとの健康と環境保護への支援が目的だとしている。
この改正はまた、スイスで禁止されている他の農薬類の輸出について、輸出先の国が明確に承認した場合にのみ輸出を許可するともしていて、完全な輸出禁止にはなっていないという。
しかし、一定の輸出禁止を明確にしたこの決定に対してスイスのNGOは評価を明らかにしている。パブリック・アイは10月14日、スイスで禁止された農薬の輸出禁止の決定を歓迎する声明を発表し、さらに踏み込んで、環境や健康上の理由で国内で禁止されているすべての農薬の輸出を禁止するよう求めた。そして、パブリック・アイは、スイスを拠点とするシンジェンタは「もはや目をつぶることはできない」と指摘し、方針転換を求めた。
スイスでは先ごろ、シンジェンタが輸出した農薬ジアフェンチウロン剤(商品名Polo)で中毒死したインド農民の遺族などが、製造して輸出したシンジェンタに対して、損害賠償とジアフェンチウロン剤の販売停止を求めて提訴している。
・Federal Council, 2020-10- ・SwissInfo, 2020-10-15 ・Public Eye, 2020-10-14今年7月に国連人権理事会特別報告者バスクト・トゥンジャクさんの禁止農薬の輸出禁止を求める声明があり、それを追いかけるように、欧州委員会とスイスの輸出禁止方針が明らかになった。その一方で、ブラジルが農薬企業などの圧力に屈せずパラコートを禁止し、タイも主要生産国の米国による通商圧力をはねのけてパラコートとクロルピリホスを禁止した。インド連邦政府も、27品目の危険農薬の禁止へ向けて動いている。先進国から途上国などへの危険農薬の輸出禁止が、一つの潮流となりつつあるようにも見える。
欧州を中心としたこうした輸出禁止への動きは、環境影響の大きなネオニコチノイド系農薬を、国内出荷量よりはるかに多く輸出している日本にとって対岸の火事などではない。日本が輸出する側の当事国の一つであること忘れてはならない。
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