ウクライナに侵攻したロシア軍は先ごろ、ウクライナ東部のハルキウにあったウクライナ国立植物遺伝資源センター(NCPGRU)を砲撃し、保存されていた16万種に及ぶ植物遺伝資源を破壊した、と同センターのセルヒ・アブラメンコ博士が明らかにした。破壊された遺伝資源にはこの施設にしか保存されていないものも含まれていたという。
この施設は、ソ連の植物学者ニコライ・ヴァヴィロフが世界中から収集した遺伝資源コレクションの流れを汲み、同センターによれば、2021年初頭までに544作物、1802種の15万1千点のサンプルが収集保存されていたという。同センターの多様性と保存規模から、世界の10大ジーンバンクの一つだという。第二次大戦中、ウクライナを占領したドイツ軍もこの遺伝資源には手を付けなかったという。
YouTubeで公開された映像では、ロシア軍に攻撃された施設は破壊され、内部は燃え尽きているように見える。研究者が、焼け残った小麦の種子を手にする姿が印象的だ。(5月19日、YouTubeの動画は非公開となっている)
5月初め、欧州のジーンバンク関係者がオンラインで会合し、破壊されたウクライナ国立植物遺伝資源センター(NCPGRU)への支援が話し合われたという。
・Odessa Journal, 2022-5-16 ・Hromadske UA, 2022-5-17● 遺伝資源の保存とスヴァールバル世界種子貯蔵庫
今回のウクライナで起きた戦争による遺伝資源の失われる危機的な状況はこれまでにもあった。シリアのアレッポに本部を置いていた国際乾燥地農業研究センター(ICARDA)は、シリアでの内戦の激化に伴いレバノンへ撤退した。しかし、あらかじめ小麦や大麦などの遺伝資源を、スヴァールバル世界種子貯蔵庫に預託してあり、喪失を免れている。国際乾燥地農業研究センターは2015年、預託した種子をスヴァールバル世界種子貯蔵庫から引き出し、業務を再開している。
・ICARDA, 2015-9-26スヴァールバル世界種子貯蔵庫は、気候変動などあらゆる危機から遺伝資源の保護を目的として、北極圏のスヴァールバルに世界的な種子保存庫として設立され、2008年から稼働している。スヴァールバル世界種子貯蔵庫には、世界中の89機関が5933種、約115万点を預託している。そのデータによれば、ウクライナ国立植物遺伝資源センターが預託したのは8種44分類、2782点だけである。
スヴァールバル世界種子貯蔵庫には、岡山大学資源植物科学研究所の大麦・野生植物資源研究センター(Barley and Wild Plant Resource Center)が5268点を預託している。しかし岡山大学以外の農研機構・農業生物資源ジーンバンクなど、日本からの預託はない。
ロシアは、ネオナチ退治をお題目にウクライナへ侵攻した。しかし、本家ナチスも手を付けなかったというジーンバンクを攻撃し、灰にしてしまった。そして、このジーンバンクにだけ保存されていた種は永久に失われてしまった可能性がある。遺伝資源を破壊する行為は、広い意味で人道に反する犯罪だろう。
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